吹く風

 明かりが消え、人のいない協会に一つ蝋燭が灯る。ゆらゆらと揺れるその灯りが、椅子が左右に並ぶ中央の道を進んでいく。小さな蝋燭の火に照らされ、その蝋台を持つ白い手と整った司祭の顔がぼんやりと浮かび上がっていた。
その身にはカソックを纏い、足元を包む革靴がその石造りの床を踏む度にこつりこつりと小さく音を立て、広い講堂に反響する。その肩を包むモゼッタがその歩みに合わせて揺れていた。闇に溶けるような黒い服の上にはその煌びやかな髪の先が流され、幾何学模様を作り上げているようにも見える。揺れる火によって生み出された男の影が、その背後へと細く伸びていた。
その時、強い風が一つ吹き抜け、男の頬に刃物で切りつけたような痛みが走る。同時に影を生み出していた蝋燭の火が大きく揺れて、壁に一瞬怪物のようなシルエットを生み出したと思えば、そのまま消えた。
その瞬間、風がピタリと止み、消されたかに思えた蝋燭の火がそこに戻る。そうして照らされた男の肩の上、空中に腰掛けるように座った男がどこからともなく現れた。その着崩した着物の帯が垂れ、片手を懐に入れたままもう片方の手に持った煙管から立ち昇る煙とその香りが講堂に広がっていく。
「ソテツ、また来たのか」
「お前は面白いからな、ケイ。で?今日の仕事は終わりか、司祭様?」
「貴様に司祭と呼ばれる理由はない」
「ははっ!つれないなァ」
「…、今日は何の用だ」
「何も無いさ。妖の俺にはここのワインもパンもなんの効果もない。思い込めば、意味くらいはあるかもしれんが」
「思い込む気もないだろう」
「んー、まあ必要ないからな。鎌鼬であれ人間であれそれは変わらんだろ」
「貴様はどの鎌鼬であろうな…。血を吸うのか、あるいは三人の内の一人なのか」
「へぇ、随分詳しいな。人間によって話す内容はかなり違うはずだが」
「ーーそれとも墓を掘り起こした鎌か」
「さて、どうかな。お前はどれだと思う?」
「さあな。どれでも構わぬ。目の前にいる事実が変わらぬのなら、それがどれであっても貴様は貴様だ」
「はははっ、そりゃそうだ」
話しながら、ケイの頬に残った切り傷の跡に懐から出した腕を伸ばす。血も出ておらず、通った風の跡を記すようなその傷は暗い教会の中ではほとんど見えない。
ソテツがそこに軽く触れたその後には、何の傷も残っていない。宙に浮いたままケイの前に回り込み、その瞳を覗き込むソテツは変わらず、笑みを浮かべていた。

2022-09-09