あめ

 思いついたままゴキを走らせ、懐かしい道を駆けていた。速度を増すゴキと一体になるような感覚に身を任せ、風を切る。湿度を含んだ風が頬と首を撫でて通り過ぎていく。耳元で解いたままの髪がバタバタと音を立てていた。

 気がつくといつか来た海のそばまで来ていた。前と同じようにゴキを転がして駐車場へと進みエンジンを切ると、鳴り続いていた音が消え、遠く漣の音が新たに耳に入った。跨いだままのゴキはまだ熱を持っており、特服越しに腿に熱が伝わってくる。首にかけたメットを外すついでに首を回すと周囲には単車どころか車も停まっていない。

 スタンドを出して停めたゴキから降りて浜辺へ向かって足を進めた。鼻を鳴らすと潮の匂いが濃く、その奥に雨雲の匂いが漂っていた。

 足を進めながらすっかり暗くなった空を見上げる。頭上高く、夜空に開いた穴のような月が見えた。

 ぼんやりと見ていた視界が突如黒く染まる。突風に吹かれて広がった髪が視界を埋めて月が見えなくなった。

 ポケットに突っ込んだままの手を出して、瞬きをしながら髪をかき上げれば海に映り込んだ月が揺れる。

 

 月明かりと遠くの街灯だけが照らす海は暗く、近くの手のひらすら夜目が効かなければ見えないだろう暗闇の中、黒い特服に身を包んだ場地は独り、立っていた。海面で揺れる月明かりがその横顔をちらちらとその揺れに合わせて明滅するように照らす。

 

 どれくらいそうしていたか、ぼんやりと浮かびあがるような意識がポケットに突っ込んだままの手に伝わる振動で引き戻された。

 

「どうした?…あ?いや、まだ時間じゃねぇだろ。は?マイキーが?あー、分かった、行くワ」

 

 ポケットの奥で揺れた携帯を取り出せば、三ツ谷からの電話だった。集会までには時間があるはずだったがマイキーが呼んでいるらしい。

 右足に体重を寄せるように振り返ると足元で水分を含んだ砂が擦れる音がした。電話を切り畳んだ携帯をポケットに突っ込む。その拍子にガサ、と音を立てたポケットを指だけで漁ると昨日千冬に貰ったチュッパチャプスが入ったままだった。引っ張り出して書かれた文字もろくに読まないまま袋を外して咥える。

 途端口に広がったコーラ味をガリガリと歯を立てて噛む。半分ほど棒についたままの飴と砕けた飴をころころと転がしながら、歩けば先ほどまであちこちから漂っていた雨の匂いがまた遠かった。

 靴を鳴らしながら駐車場へと戻る。その足跡を波と風がかき消していく。

 肌に当たる風はどこか重く、纏わりつくような湿度を含んでいた。いよいよ雨が降りそうだ。

 すっきりとしない気分も神社まで走ればどうにかなるかと手の中で弄っていた鍵をゴキに差し込んでエンジンをかけた。それでもどうにもならなければ適当に売られる喧嘩でも買えばいい。

 遠くで聞き覚えのある単車たちの走る音が聞こえた。