Shall we…?

 

 肌を刺すような冷たい風が砂浜に立つ三ツ谷の頬に吹きつける。共に単車を転がして海へとやってきたドラケンと二人で砂浜に下りてきたが、揃って冷え切ったその鼻と頬は赤く染まっていた。

 いつもの上着に加えてマフラーを巻いた三ツ谷は寒そうに腕を組んでさすっている。その隣に立つドラケンは黒いパーカーに白いデニムジャケットだけで防寒具を一つも身につけてはいなかった。外気にさらされた首をすくめて寒そうに上着のポケットに手を突っ込んでいる。

 

「さみ〜!」

「マジで寒すぎ!カイロ持ってくれば良かった」

「……、よし三ツ谷走るぞ」

「ハ?」

「走りゃ体温上がンだろ。あそこまで行って折り返しな、ヨーイドン!」

「オイ!ずりぃって!」

 

 二人でわざわざやってきた海には目もくれず、浜を走り始めたドラケンの背を三ツ谷が追う。

 雑に決められた折り返し地点はどうやら数百メートル先にある岩らしい。

 凍えきった身体が突如動かされたことで強制的にその体温を上げ、動き始める。踏み出す一歩一歩が砂に足を取られてやけに重く、ブーツが乾いた細かい砂に沈んでいく。先ほどまで首をうずめていたマフラーが纏わりついて邪魔だった。口元まで覆っていたそれを走りながら片手でずり下ろして、息を吸い込んだ。

 眼前で金の辮髪が揺れている。その首にはマフラーはなく、この時期にないのは流石に寒すぎるだろと思っていたのに今は身軽な分ドラケンの方が有利じゃないかとさえ思い始めていた。

 上がっていく息に反して走る速度は変わらず、一定のリズムで揺れるドラケンの背に追いつきそうにもない。視界に映る背は一向に大きさが変わらず、当然その距離も変わっていない。

 そうして折り返し地点に到達したドラケンがUターンを決めて勢いよく振り向いた。明らかに三ツ谷を挑発するように笑っているその顔に無性に腹が立って、踏み出す足に力が入る。先程までより明らかに強く踏み出したその一歩で浜に付いた足跡が大きく凹む。そうして、勢いよく上げた足をそのまま踏み出して回転を上げた。

 ドラケンの背が漸く少し近づいて、視界に広がるその白いジャケットに手が届きそうだった。

 痛みを訴え始めた足を無理矢理回して砂を蹴る。追い越しざま、その背を強く叩いて、走り切った。

 膝に手をついて息を整える三ツ谷の背に重い衝撃が走る。ドラケンが走りきった勢いのままぶつかったことでバランスを崩した三ツ谷諸共、二人して浜に転がり込んだ。もみくちゃになって、そのまま仰向けに寝転がって静止した。

 

「ばっっか、砂まみれじゃん!」

「ハハハッ!先に背中叩いたのオマエだろ」

「ウエ、口に砂入った」

「駐車場までの途中に水道あったゾ」

「あー、あったな。あとで口洗お」

「でも寒くなくなったろ」

「マア、確かに…」

 

 微妙な顔でもごもごと言葉を選んでいる三ツ谷の頬は上昇した体温に伴って赤くなっていたが、全身の血流が同様に促された影響で頬と鼻だけが赤く染まっている訳ではなかった。じんわりと汗をかいたその首には外れかけたマフラーが緩く巻き付けられている。緩んだその隙間から潮風が砂を巻き上げつつ通り抜けていった。

 月明かりでぼんやりと照らされたその顔を横目に見ながら、ドラケンの笑う声が波音の間に消えていった。

 

 七月とはいえ潮風は冷たく、長く握り込んで体温が移り始めた鍵の熱を冷ますように吹きつける。

 浜で一人佇む三ツ谷の手には単車のキーが握られたままで、脳裏には浜に転がって笑うドラケンの顔とその声が過っていた。

「オマエの声から忘れてくのかな」

 人は声から故人を忘れていく。

 有名な話だ。あまりにも有名すぎて、今慌てて思い返した場地の声はまだ確かに記憶にあった。

 ざばざばと服を着たまま海へと足を踏み出す。履いたままの靴もズボンも水分を吸って重たく、足を引き摺るように、纏わりつくように肌に張り付いた。沖から来る波に逆らって歩くその揺れに合わせて小さな波ができ、打ち消されるのをぼんやりと見ながら進んでいる。

 そうして膝まで浸かる程度の深さまで進んで、三ツ谷は漸く顔を上げた。

 切り取られたような水平線の手前、海の中で佇む三ツ谷を月夜だけが見ていた。

 

2022.07.18 CC福岡56 TOKYO罹破維武6

龍宮寺堅×三ツ谷隆

2022-09-09