Q

 

 徐々に崩壊してゆく世界の中でも変わらず2人の男がCatsbyにいた。

 スプリング・レスを見つめるべく扉を開け放ったままの店内には2人しか姿はなく、扉の外にもまた人影はない。あれほどいた人々は崩壊のしていない安息地を求めて何処ぞへと消えたのか、そもそもそんな場所があるのか。兎も角誰一人そこにはいなかった。時折降る雪には足跡一つない。

 そんな中でシャーリーとニコラシカは世界を見て回り、時折戻ってきては共に食事をしてまた出かけていく。「またね」と言って遠ざかっていったが、加速的に崩れていく世界の中では果たして、また再開できるかは分からなかった。

 

 2人はゆったりと酒を酌み交わす。カウンターに並ぶ2人の間に置かれた琥珀色の酒をたっぷり含んでいた筈のボトルは既にボトルのガラスそのものの色へと染まっていた。

 カウンターに並ぶボトルたちは徐々にその中身を失い、空のものが飾られている。どうせ誰も来ず、このまま消えるよりはとロブが一際希少なボトルを開けたのに便乗して徐々に2人の体内へと消えていっていた。

 

「君は世界を見に行かないのか」

「なぜ?俺の世界はここにあるのに」

「……、そうか。君がいいのなら、それで構わないとも」

「いいんだ。きっとね」

「OK、ではもう聞かないさ」

「そうしてくれ。それに、今更だろう?表の道も崩れてきてる」

「意外と遅かったな。もう少し早く終わりが来るかと思っていたよ」

「この暮らしも悪くなかった。君と静かに2人きりだしね」

「気に入ってくれたなら何よりさ。…次はそれを開けようか?」

 

「……なぁ、俺は、『良い人』になれたかい?」

 

 会話を裂くように落とされたその問いにオーナーが一瞬、隠されていない翠の瞳を見開いて、それから笑みを浮かべた。

 そうして静かにロブへ頬を寄せてその唇から密やかに零されたその言葉は、よく磨かれたカウンターとそこへ置かれたグラスの触れる音でかき消される。しかと耳にしたのは2人だけ。

 世界に在る2人だけだった。

 

2022-09-09