「ニコラシカ、そんな色のシャドウ持ってた?」
「この前買ったのよ。セクハラ野郎からお小遣い貰ったから」
「貰ったっていうか盗った、でしょう」
「別にいいじゃない?勝手に触ってくる奴が悪いの」
「店でやってなきゃいいわ」
「勿論。オーナーに怒られるじゃない」
「どうかしら、向こうが悪ければ怒らない気がする」
「今度やってみる?」
「機会があればね」
「そんなこと言ってたらまた客を蹴り出すでしょ」
「酷ければね。いいじゃない、正当防衛ってヤツよ」
クスクスと笑い声を立てながら肌にシャドウを滑らせるニコラシカの隣で同じように笑いながらシャーリーはリップを選んでいた。
小さな笑い声が更衣室として使っているステージ裏の部屋で響いているが、壁一枚挟んだ向こうでは酔っ払いたちの声で溢れている。酒を呑むと往々にして自覚なしに音量が上がっていく。今夜もまた一段と客が多いらしい。
そんな中でもニコラシカの耳は時折聞こえるオーナーとロブの声だけを拾って、それ以外の声は喧騒のまま消えていった。
「シャドウがその色なら今日はこれね」
「賛成」
シャーリーが取り出したドレスは目が覚めるような青で既に瞼で煌めく寒色のシャドウには良く合うだろう。
自慢げなその様子が少し面白くてまた小さく笑ってニコラシカはドレスを受け取った。手のひらを滑らせるように撫でた布地は心地よく、オーナーが頼んで作ってもらった生地の良さが知れた。
立ち上がり、着ていたワンピースを肩から落としてドレスへと袖を通す。落としたワンピースは立った位置を中心として身体の位置を示すように床に円を作っていた。それをヒールで踏まないように越えてドレスを着れば予想通り、シャドウと合わせていい色を浮かべている。
「良いわね、完璧」
「ね。じゃあシャーリーはこの色ね」
幾つか並んだドレスから赤を選んで渡せばシャーリーがその形の良い口角を上げて笑みを浮かべた。
赤と青。対になるような色を纏って歌い、踊る。共にステージに立っても交代で立っても良い色を出すだろう。
そう思いながら着替えるシャーリーを横目にニコラシカはリップをその唇に滑らせた。今日は筆を使って唇の形を型取り、塗っていく。
壁にかかった時計がもうじきショーの時間だと知らせている。そうして壁の奥でまた喧騒が響いて、一つの軽い足音が近づいてくるのだ。呼びにきたオーナーにとっておきの笑みを浮かべて応えてステージへ向かう。ショー前のこの時間をニコラシカは気に入っていた。
こつりこつり、と近づいてくる革靴と義足の足音をニコラシカの耳が拾う。間もなく。
夜は始まったばかりだ。