BL

放浪

 荒野を一筋の道が走り、遠く遠く伸びている。風が砂を巻き上げて広い車道をゆっくりと埋め尽くしてゆく。果たしてどれほどの時間が経っているのか、どれほどその上を走るものが無いのか、生きた人間の少ないここではそれを知るものもない。 その道を一台の…

 レッスン室から漏れ聞こえる音楽が耳に入る。音ズレも揺れもないそれはTresuredの音源で、ボーカルは自分の声だった。 公演として残った公演として残ったのは片方とは言え2種類あるそれを、公演時期も終わった今になって聞いているのは誰なのか。…

月明かり

 明かりの落ちたボーダーの廊下を鬼神丸を片手に持ったまま歩く自分の足音だけが人のいないその空間に嫌に反響して響いている。この身が「人ではなくなった」とは言え、人としてそれなりに長く生きた自分は特に何を考えるでもなく眠りにつけていた。しかし、…

炎の先

曲が終わり、照明が消える。暗闇の中、舞台袖へとはけていく足音が1つ、そしてそれに合わせるようにもう1つ、袖の幕の傍で止まった。残る3つの足音は気にした様子もなく立ち止まった男の横を通り抜けて、袖から廊下へと続くドアをくぐっていく。黒い幕の傍…

吹く風

 明かりが消え、人のいない協会に一つ蝋燭が灯る。ゆらゆらと揺れるその灯りが、椅子が左右に並ぶ中央の道を進んでいく。小さな蝋燭の火に照らされ、その蝋台を持つ白い手と整った司祭の顔がぼんやりと浮かび上がっていた。その身にはカソックを纏い、足元を…

目の前でざあざあと振り続ける雨にたまらず舌打ちが出る。煩いくらい勢いよく空から落ちる雨はしばらく止みそうにない。手には強風で骨の折れた傘が1本、捨てる場所も見当たらず握られたままだ。かろうじてシャッターの降りた店の軒先に避難できたことで頭か…

水と花

  一滴、また一滴と海水がケイの肌を滑り落ちていく。 頭から被った海水で身体には潮の香りが纏わりつき、髪を伝い、地肌を滑り、肌を撫でていく塩分を含んだ独特のそれが陽に照らされて早くも乾きつつあった。 一つ小さく息を吸えば肺には『海…

『日光』の花

 店の裏へゴミ袋を運んだところで、ソテツは煙草に火をつけた。肺に吸い込んだ紫煙を口から吐き出して、視界に入ったゴミ捨て場に色を見つけて思わずそちらへ目を向ける。黒い業務用のゴミ袋の合間に——ちょうどソテツが上から置いた袋とは少し離れた場所に…

舌の上

大きく開いた口の中でちらりとその赤い舌が動くのが見える。間違いなく握り込めば折れてしまう華奢なプラスチックのストロースプーンが黒曜のいかつい手にあった。その小さな匙ではとても食べている人間に合った一口分を運べてはいない。フェススタッフからの…

夕暮れの赤

 境内に蝉の声が響き渡っている。うだるような暑さをはらんだ風が蓮巳の着た袈裟の隙間から入り込んで通り抜けていく。背後にある襖からエアコンで冷やされた空気がほんの少し流れ出てきているのを感じた。早朝から履いたままで熱のこもった足袋がその冷気で…

鴉の瞳に映るのは

血の契約  黒曜というクラスメイトがいる。恵まれた体格に、近寄りがたい狼のような雰囲気を持つその男の左手首には常に青みがかった鈍い藍鼠の数珠がはめられている。ただの装飾品というにはあまりに飾り気がなく、よく言って落ち着いた、悪く言…

水槽

  その手紙を渡されたのは突然だった。組織からの指示書の入った手紙をいつも渡してくる情報員が青ざめながら渡してきた。何かあったのかと尋ねる前にこちらに手紙を押し付けて去っていく。いつにない様子に訝しげに思いながら、ひとまず手紙を開…