体温

ぞわりとした寒気が突然、背筋を駆け抜けていく。うなじの産毛が逆立ったような錯覚を覚えながら、どこかまとまらない頭をどうにか回して、北斗は廊下を歩いていた。 今日は朝からどうにも調子が悪い。自分だけ重力が増したかのような身体を押してESビルに辿り着いたはいいが、その間に悪化したのか身体に走る悪寒が酷くなっていた。鳥肌の立った腕を擦りながら上着を忘れたことにも思い当たって、ますます不調だなと他人事のように考えた。
医務室に向かってふらふらと安定しない足取りで進んでいるが、一向に到着する気がしない。おまけにこういう時に限って廊下には誰一人いない。「事務所の廊下で倒れるアイドル」など間違いなく面白がってあとからいじってくる人間が思い当たって、ぶんぶんと首を振って思いついた考えを振り払う。その揺れでまた熱を持った頭が回らなくなってきたように感じる。
ともかく急いで医務室へ向かおう。その前にこのあと合流する予定の明星たちに連絡を入れておかなくては。スマホはどこに入れていたか。…そもそも持ってきていたか?
二転三転変化し続ける思考が止まらない。ぼんやりとしたままパンツのポケットに触れれば、思い描いていた通りの硬さが指に触れる。そのまま指を滑らせたスマホが存外冷たく、無意識のうちに握りしめていた。
何をしようと思ったのだったか。それを思い出そうとする。と、同時に背筋を悪寒が一気に駆け上がり、むずむずとした生理的な違和感が鼻を刺すように湧き上がる。意図して動かさずとも口が開く。出る、そう考えるより前に口から息が抜けていった。くしゃみの音が無人の廊下に響く。
再び悪寒が身体を駆け回っていくのを感じ、まだむず痒さを感じる鼻を思わず擦りながら北斗はせめて移動しようと足を動かした。角を曲がったところで、見慣れたオレンジの髪が目に入る。ぎょっとしたように慌ててこちらに駆け寄ってくる明星を珍しいな、と思いつつぼんやりと見ていた。掴まれた腕から伝わる明星の体温がいつもよりぬるいなと考えたところで、力の入らなくなった足から崩れ落ちる。とっさに支えてきた明星に「移るぞ」と口からこぼれたような気もする。そのまま体重を預けた明星の体温がぬるいのではなく、自分の体温が上がっているのかと思い当たったところで瞼が落ちていった。