倉庫のCD

 雑多に物が置かれた倉庫の一角、積まれた本が崩れてこないのがいっそ不可思議なほど詰め込まれているようにも見える。ただでさえ狭いその倉庫に立つ男はその体躯ゆえに、貧相な身体の細い運営がそこに立っているよりも遥かに窮屈に見えた。

 本の並ぶシェルフの前に立ったシンの手にはやや古びたCDがあった。個人でデータを書き込んだのであろう、簡素な白い表面にマジックで『雪花』の字が右肩上がりに傾いた筆跡で書かれている。同じく簡素なCDケースに入ったそれを何をするでもなく見つめていた。

 不意に視線を持ち上げ、顔を上げる。シェルフに並んだ本の反対側、本をこの新しいスターレスに運び込んだ銀星以外に気付いている者がいるかすら怪しいその場所に、いくつかのCDと更に古びて劣化した紙のケースに入った大きなレコードがひっそりと並んでいた。

 かつてスターレスでの公演の際に使用されていたものたちだ。新しい店舗、設備になってからは音響卓へCDで入力することはあまりなくなった。メディアプレイヤーを直接繋げば事足りる。それでも、あの朽ちていく店にそのまま置き去りにすることはなんとなく憚られ、本を運ぶ銀星と共に楽曲音源たちを運んできた。データとしては音響卓に入っているのでこれらに触れることもほぼない。だが、シンは時折ここでCDを、見るでもなく指先でそのケース越しに文字を追いかけるように触れていた。感傷に浸っているわけでも何か意味があるわけでもない。

 ただなんとなしにそうしていた。

 

「月夜烏は火に祟る。ならば俺への知らせは果たしてなんなのだろうな。

『悪い知らせがあれば知らせよ』。それはあるいは…。」

 

 その不健康そうな指が、ただ撫ぜるように、慈しむように、あるいは悲しむように『雪花』の字を親指の腹で撫でていった。