キーン、と高く打ち上がった球がセンター外野を走る天宮のミットに危なげなく吸い込まれるように落ちていく。

 その様をベンチでちひろにかけられたタオルの下から覗く瞳が見ていた。

 六回を抑えた黛の息は未だ上がったままで、呼吸に合わせて揺れるタオルの下ではその頬を汗が垂れて滑り落ちていった。

 ぱたり、と落ちた汗がズボンに吸い込まれるのと同時、キャッチした天宮がベンチを見る。一瞬、交わった視線に笑みを浮かべてホームへ走るその背がやけに大きく見えた。

 

 勝った。

 

 まだ、決勝ではない。けれどリーグを制覇した。追って思考が追いついたその事実に無意識に膝の間で組んでいた掌を握り込んでいた。

 監督がメガホンを片手に持ったまま背中をバシバシと叩いてくる。痛いほどの勢いに文句を言おうと口を開きその顔を見上げるが、輝かんばかりの笑顔でグラウンドを見つめるその横顔に開いた唇を閉じた。

 

「やったよ!」

 

 グラウンドから口々にベンチに声が飛ぶ。終了の礼をすべく黛の手をとってちひろがキャップを被せて立ち上がらせ、ベンチから走り出た。ぐんぐんと引っ張るその手は先ほどまで手を叩いて応援し続けたせいか赤く熱を持っている。

 日差しに灼かれてユニフォームが熱を持つが、勢いよく吹き抜けていく風がそれを走り抜けるように奪っていく。

 踏み出したグラウンドにはよく通るルカの声が頭上に高く浮かぶ入道雲を引き裂くように響いていた。

 黛やちひろと同じようにベンチから走り出すチームメイトに加え、既にグラウンドで待つ面々の足音に合わせ土埃が上がり、スタンドから上がり続ける歓声が夏を呑み込むように鳴り続けている。

 駆け寄ったホーム付近で星川にも背を叩かれる。喜び跳ねるその姿は明らかに高揚したテンションに釣られて力の制御ができていなかったようだ。「痛い」。ボソリと口からこぼれた今ばかりは聞かせるつもりもない言葉が歓声に呑まれて消えていく。その背をぽんと黒井が撫でるように触れて、整列させにすぐ横を通り抜けていった。駆け寄ってくるルカはスピードを緩める気配がないのでおそらく寸前で慌ててスピードを落とそうと頑張って、けれどタックルのように突っ込んでくるのだろうなと思いつつ、まあ後ろにギルザレンさんが立っていたからいいかとそのまま受け止めようと避けもせず突っ立っている。

 そうして想像通りの展開が繰り広げられるの

に巻き込まれる黛は痛みや疲労よりも愉快さが勝ってついつい笑ってしまう。その小さな笑い声もまた歓声に呑み込まれていった。

 

 宿泊ホテルへと戻るバスの中、試合を終えたチームメイトも先頭に座る監督も既に夢の中へ旅立っている。座席から大きくはみ出して通路側に頭が落ちているのが複数見えた。周囲のそんな様子を首を傾けて見ていた黛はちらと窓の外へ視線を投げる。エンジンの揺れに合わせて少しだけ揺れる視界の中で見るともなしに周囲の景色を見つめた。

 建ち並ぶビルの奥で青空に浮かんだ入道雲が徐々に橙へと染められていく。窓ガラス越しに見えた自分の瞳に反射して同じように橙に染まって見えた。

 残る一試合。

 あと一度でこの夏が終わる。黛はどう足掻いても野球をやめる。その終わりを自覚して覚悟も決まっていた。

 どうせなら、この神速の連勝記録を消さないまま有終の美を。

 もう一度バスの中をぐるりと見渡して、手のひらを握り込んだ。

 

「うん」

 

 確かめるように、決意するように口からこぼれたその言葉はすやすやと眠るチームメイトの寝息と共に落ちて消えていった。

 膝に置いていたスマホは他のチームに所属する知り合いや友人たちから鼓舞するような応援メッセージが幾つも幾つも届いていると知らせるべく騒がしく揺れている。

 対照的なそれに黛が小さく笑う。その声に眠っていたはずの監督が片目を開けてちらと視線を投げ、笑みを浮かべた。

 まもなくホテルに到着する。それでなくても首を痛めないようにバス中央の通路側に頭を落としたチームメイトを起こすか、とまずは手伝ってもらうべく隣で眠るボンの肩を揺らしに腕を伸ばした。

 バスの外は既に日が落ちて、橙から暗い夜空へとその色が変わり始めていた。