一滴、また一滴と海水がケイの肌を滑り落ちていく。
頭から被った海水で身体には潮の香りが纏わりつき、髪を伝い、地肌を滑り、肌を撫でていく塩分を含んだ独特のそれが陽に照らされて早くも乾きつつあった。
一つ小さく息を吸えば肺には『海』の香りが満ちる。
水分を含んで顔にかかった前髪をかき上げて、後ろへ流す。しかし、海水を含んだそれはいつもと違い、指に引っかかって、少し眉根を寄せた。
海から出ようと波打ち際へを足を向けると、隣で大きく水音が立つ。つられてそちらに視線を向ければ先ほどまで海の中へと躊躇なく入っていった男が立っていた。
「貴様、上着くらい脱いで入ればどうだ」
「とりあえず涼みたくてな。こうも暑いと、大牙じゃないが溶けそうだ」
同じように水を滴らせながら立つソテツは暑いと言いつつ堪えたような様子もない。ほぼ変わらない身長のせいか意識せずとも合う視線で、碧と橙の瞳が交差する。
ちらりと視線を向けて言葉を交わし、そのまま歩き出すケイの後ろでざばざばと音を立てて歩くソテツは少し愉しげだった。
「おい、ケイ」
足音が聞こえなくなり、しばらくして近づいてきたその音と共にかけられた声に反応してそちらを向く。と、同時に飛んできたペットボトルを反射的に手を出して受け止める。
手首を返してそれを見るとミネラルウォーターのラベルがついていた。
「海水が纏わりついて気持ち悪いだろ?」
そう言うなり未開封のそのキャップをひねって、開けるとそのまま頭上へ持ち上げ、逆さにひっくり返す。その小さな口から勢いよく流れ出す水を受けていつもは耳へと流されている前髪が目元へ滑り落ちている。珍しく前髪の隙間から見えるその瞳が陽を受けて光って見えた。
垂れていく水を髪ごと雑にかき上げてまた愉しそうに口角を上げたソテツは首筋を伝うそれを気にもしていないらしい。
「なんだ? 被らないならかけてやろうか?」
「断る。貴様では面白がってかけるだけでは済まないだろう」
「ははっ、まぁな」
そう言葉を返して同じくキャップをひねる音が海辺の喧騒に掻き消えていく。
「そういや、今回のフラスタ見たか?」
「ああ、いつもと異なる花だったな」
「今回は『向日葵』だったか。『ガーベラ』みたいに渡してやるよ」
「ふ、では貴様はハイビスカスか? 似合わぬな」
「そりゃそうだろ。どうとっても俺には似合わんさ」
言葉を交わし、頭から被ったミネラルウォーターは存外冷たく、陽に照らされた肌を冷やしていった。頭皮を伝って落ちていく水で確かに幾らかはましなように思える。
視界には照り付ける日差しが海に反射して、瞳を灼くように、揺れる波に合わせて差し込むように輝いていた。