碧と橙

 

「付き合うか?」

「は?」

 

 ふと思いついてはなった言葉に、想定よりも低く平坦な声が返って来る。吸い込んだ紫煙を薄く開いた唇から吐き出して、声の主へ目を向けた。

 意味が分からないと言うまでもなく語っているその目に、込みあがる笑いを抑えることができない。静かな部屋に俺の声だけが響いている。思わず指に煙草を挟んだまま口を覆うように顔に手を添え、視界に広がる紫煙の隙間からケイに目を向ける。ありありと懐疑心を伝えるその空色の眼に滲むように映り込んだ自分の橙色のそれが夕日のようで、その青を侵食しているようで気分がいい。

 誰が言っていたのかも覚えていないが、真っ新なキャンパスに絵の具をぶちまけるのが楽しいと言っていた気持ちが今なら分かる気がした。もっとも、目の前の男は「真っ新」というほど純情な性質ではないけれど。

 闇夜に静かに瞬くポラリスを染めるつもりは毛頭ないが、太陽以外に照らされる星がどう光るのかは興味がある。地球から見える星の光は、あまりに遠いその距離故に遥か昔の瞬きが届いているのだと言う。この男に変化を見せるとすれば果たしてそれはいつだろうななどと考えながら、その瞳に映る橙を見ていた。

2022-09-09