舌の上

大きく開いた口の中でちらりとその赤い舌が動くのが見える。間違いなく握り込めば折れてしまう華奢なプラスチックのストロースプーンが黒曜のいかつい手にあった。その小さな匙ではとても食べている人間に合った一口分を運べてはいない。

フェススタッフからのケータリングとして差し出されたかき氷を「水だろ」と言いつつも食べ始めたのは、普段よりもダンスパートの多いステージのせいか、うだるような暑さに体内の熱がこもっているせいか。——あるいは、その両方かもしれなかった。

「甘ぇ」
「飢えを満たすなら会場で買った方がいいのではないか」
「そこに行くまでの腹を満たすためだ。なんならただの氷でいい」
「さすがに何もかけないかき氷はないだろうな」

眉をしかめながらも赤い蜜のかかったそれを口に運び続ける黒曜は不満げだった。日陰にしゃがんで一先ずの涼を求めて食べ続けるその隣で、涼し気な顔をしたシンも青く染まったかき氷を時折口に運んでいる。簡素な携帯用カップに入ったそれはほとんど減っていなかった。立ったままのシンさえ覆うように砂浜近くにたった木が陰をつくっている。

「水でいいか?」
「ああ、口ん中の甘ったるいのがなくなればなんでもいい」

いつの間にか空になったカップを掴んだまま眉根を寄せている黒曜にシンがペットボトルに入った水を差し出す。
礼を述べて受け取った黒曜にはその冷たさが心地よい。パキ、と音を立てて黒曜がキャップを回したそれは未開封のものだった。
それを黙ったまま見つめるシンの手にあるかき氷は青い液体へと姿を変えつつあった。頭上に広がる雲ひとつない空の青と似たそれは、液体になれば切り取られた海のようにも見えた。

「あんたもなんか食べるか?」
「いや、飲み物だけで十分だ」
「じゃあ水の礼に買ってくるぜ。何がいい」
「…俺も行こう」

話す度に唇の隙間から見える舌がいつもより赤く見えた。蜜で染まったその舌の動きを無意識のうちに追いかけてしまうのは、容赦なく照りつけるこの熱のせいだろう。
立ち上がり歩き始めた黒曜の隣に並んだその頬に潮の香りを含んだ風が吹き抜けていく。熱を含んだパーカーが揺れて、吹き上がった砂埃が当たった。視界が空と海の青に包まれた中でも、黒曜の赤はひどく目に焼き付いて見えた。

2022-09-08