蘇鉄の実には毒がある

目次


一、或るビリヤードバーの客の話

二、或るカフェ店員の話

三、或る不良の話

四、或るスタッフの話

五、或るコンビニ店員の話

六、或る女の話

 

あとがき

***

一、或るビリヤードバーの客の話

 

今日もいる。

 

 飲み屋街の奥まったところにひっそりとあるビリヤードバー。初見ではとても気付かないような入り組んだところにある小さな看板に従って進む。長く使われているのだろう、年季が入ってはいるもののよく手入れされた木製の扉をくぐり、階段を下りるといくつかのビリヤード台が並び、端にはずらりとボトルの並ぶバーカウンター。

 仕事帰りのそのまま、休日の夜にふらりと、そんな特に法則性もなく通っている場所でしばしば見かける男がいる。夜にしか訪れない上、暗めの照明のせいではっきりとはわからないがやや地黒で遠目に見ても体格の良い男。たまに友人であろう、体格は様々だが視線が惹き付けられるような派手な見た目の男たちに「ソテツ」と呼ばれているのは聞いたものの、明らかに偽名のそれに何をしている人なのかと疑問に思ったのは覚えている。

 

 照明が常に絞られて暗い店内でもキューを持つ姿がやけに様になっていて、常連の客でもちらちらと目を向ける。これだけ視線を送る人が多ければ気付くだろうとは思うが、いつも涼しげな顔で周囲には目もくれない。

 

「モデルなのかな」

 

 ここで知り合った友人はもう何度目になるかわからない、男の職業予想を小声でこぼした。あれだけ見目が良くて、人の視線に慣れており、不規則にここを訪れるのだからそうだろうと以前から彼女は予想している。何度も店内でそう主張し、カウンターのバーテンダーもそれに同意していたので、いつの間にか陰で﹁モデルの人﹂と呼ぶ人間まで出てきていた。

 しかし、私はどうにもそれが腑に落ちずにいる。モデルというよりは使われることを目的とした身体に見えたからかもしれないし、ただカメラの前でじっとポーズを決めるように見えなかったからかもしれない。ただの立ち姿よりキューを構えてボールをつく動作に視線を奪われる、などと口にすると同意はされたが、では何をしている人なのかという疑問は結局分からないままだ。

 気になるのなら尋ねてみればいいだけなのだが、なんとなく近寄りがたい雰囲気に直接声をかける者もあまりおらず、今日も答えは出ない。

 

 横でボールをついた友人の話題が仕事の愚痴になったところで、気付かれないようにちらりと男の方に目を向ける。どうせ今日も視線は合わないだろうし、勝手に目の保養にさせてもらおう。

 そう思って視線を向けた男と、初めて視線が絡む。

 聞こえているぞと揶揄うように、にやりと笑う顔がやっぱりモデルには見えないなんて頭の端で考えながら、その橙色の瞳に、呑まれる。

 すぐに視線は外れたが、身体が動かせない。なぜだか顔に熱が集まっているのが分かった。それに気づいた友人が横で騒いでいるのが耳に入る。

 肉食獣に見つかった小動物の気持ちが分かる気がするなどと馬鹿なことを考えながら、あの瞳が頭から離れない

 

二、或るカフェ店員の話

 

「ホットコーヒー、トールでよろしく。」

 

 店に入るなりまっすぐカウンターに近寄り、そう注文するのは最近来るようになった新規の客だった。

 意識せずとも浮かぶ接客用の笑顔でレジ対応に入る。カウンター越しに男の正面に立つと、女としては背の高い方に分類される自分でも見上げるほど長身で、ジャケットの上からでも筋肉がついているのが良く分かる。

 そういえばビリヤードが趣味の友人が話していた職業不詳の男と同じ特徴だなと思うが、確か友人の通う店は電車で六つほど離れた駅にあったはずだ。まさかそんなに活動圏が一致することもないだろう。

 

「こちらお返しです。」

「どうもな。」

 

 会計終わりにいつもお礼を言うのは好感が持てると考えながらお釣りを渡す。オーダーのコーヒーをカップに注ぎ、ちらりと客の方に目を向ける。カウンターに寄りかかって外の通りに目を向け、通行人でも見ているのだろう男は店内の客の視線を集めているが気にも留めていない様だった。

 初めて来店したときには店内のレイアウト、特に照明を見ていたようで、ゆったりと周囲に目を向ける姿は動物園で見た黒豹に似ていた。ついそれを控室でこぼした時、「檻に入ってやってるって感じですよね」と言ったのはバイトの男子学生だっただろうか。動物園と言ったので「檻」と表現したのだろうが、コーヒーを受け取ってガラス張りの喫煙席に歩いていく姿は確かに「檻に入る獣」のようで、それでいて全く手懐けられていない野生生物のようでもあった。

 

 次に来た客の対応を別のスタッフが始めたところで禁煙席の机を拭きにホールに出る。

 そのまま喫煙席も片付けるかと視線をそちらに向けると、既にあの客はいなかった。いつも気付かぬうちに退店しているのだ。おまけに煙草を吸っているはずなのにさして席も汚さず、座っていた痕跡も残さない。片付けの点で言えば店員としてはありがたい限りなので「いい客」なのだが、若干の不気味さも残る。特に害を受けているわけではないが、狐につままれたような気分になるのだ。

 喫煙席のガラス戸をあけて中に入ると、吸っていた煙草の煙だけがそこに漂っていた。それがなんだか変化の煙のようで少し笑ってしまう。狐ならそのうち急に来なくなるかななんて考えながら、片付けようと袖を捲った。

 

三、或る不良の話

 

 殴られてぼんやりとした意識で、座り込んだ路地裏の先のネオンでギラギラした看板を見ていた。いつものように売られた喧嘩を買って、いつも以上に多い相手に殴られて、何をしているのかなんて他人事のように自分の不甲斐なさに乾いた笑いがこぼれた。

 

「何やってんだ?お前」

 

 ふと視界に誰かの脚が見え、顔に影がかかる。こんな状態の自分に声をかけるなんて物好きもいるもんだなと思いながら視線を上げると、想定したよりずっと近くに顔があり、ぎょっとした。

 それが顔に出たのだろう、からからと笑いながら男が声をかけてきた。

 

「何だ。結構元気そうじゃないか。」

「何だよアンタ。」

 

 揶揄うような声色につい返事をしてしまった。

 よく見れば、たまに路地裏で見かける男だった。黒めの肌に茶色の短く整えられた髪。やけに体格がいい上、圧さえ感じるその立ち姿に仲間内では近寄らない方がいいと言われていた男だ。間近で見るのは初めてだが、雰囲気のわりに別にいかつい顔立ちをしているわけではない。

 いったい何の用があって話しかけてきたのだろうか。路地裏でボロボロの男など、慣れていてもわざわざ声をかけてはこないだろうに。

 

「随分酷い格好なのに急に笑い出したからな。イカレたかよっぽど面白いもんでもあるのかと思ってさ。」

「急に失礼な奴だな。なんか用があるわけじゃないんならほっといてくれ。」

「悪い悪い。詫びに救急車でも呼んでやろうか?そんだけ怪我してりゃ動けねえだろ。」

「いらねえよ。しばらく休んだら動ける。」

「そうか。じゃあちょっと付き合えよ。」

 

 そう言うなり、こちらの返事も待たずに煙草を取り出して隣で吸い始めた。勝手な男だなとは思ったが、まだ動けそうにもなく、何故だか話しやすい男に悪い気はしなくてボーっと煙草の煙を目で追った。

 方や殴られてボロボロで座り込む男、方や傷一つなく煙草を吸う男。傍から見れば変な光景だろうななどと考えながら、本当にこの男は何の用があるのだろうと疑問に思う。どう見たって路地裏でボロボロの自分より〝持っている〟人間だろうに。

 表通りの喧騒もここまでは届いて来ず、かといってさびれた裏路地を通る者もいないためしばしの間沈黙が訪れる。

 すると突然、男が口を開いた。

 

「なあ、お前この辺で美味いコーヒー飲めるとこ知らねえか?」

「は?」

 

四、或るスタッフの話

 

 人伝にショーレストランでの公演照明の仕事を頼まれてから、もう半年が経とうとしている。

 元々別の場所で営業していたのをオーナーが変わって移転開店することをきっかけにスタッフも一新することとなり、共に働かないかと既に勤務が決まっていた音響の友人に声をかけられたのが始まりだった。

 キャストは男ばかり、客は女ばかりの環境に最初は慣れなかったが、舞台・客席を見渡せる照明卓に座るのも随分と慣れてきた。

 公演当日にリハで合わせた位置からずれてないかなどの機材の最終確認をするのは開店前だ。そのため、一度席を離れて開演直前に卓に行けばいいだけなのだが、開店から客が入るのを眺める時間を気に入っている。上から見ていると案内するキャストの個性も見えて存外面白い。

 今日のホール担当はソテツ、銀星、柘榴、カスミらしい。エントランスから客を案内する姿は手慣れている。柘榴は最近来たばかりだったが、慣れるのも随分と早かった。カスミは昨日も見た気がするが、しばしば代打で入っているようなので今日もそうだろう。

 徐々に埋まってきた客席を眺めながら遠目に見ると、今日のメンバーの中で一番体格の良いソテツは目立つ。

 そんなことを考えていると、座った女性客の後ろから肩越しにぐっと顔を近づけるのが見えた。途端に聞こえる女性客のひぃっという悲鳴。この店に来てから聞くようになった種類の悲鳴だ。それでも客は楽しそうなので、客層を良く分かっているのだろう。

 ああいう動作をドリンク提供の時に時々やっているのを見ると、女慣れしてるなとしみじみ思う。コツを聞きたいような、知らずにいたいような—そもそもソテツと自分の共通点が性別くらいしかないのであまり参考にならないが—。その後ケタケタ笑うのが最高だと話している女性客もいた。以前、あの接客に遠目に見ても分かるほど引いていたキャストは誰だっただろうか。それでもなんだかんだ固定客もついているので人誑しだよなと思う。しっかり自分の固定客にしているところを見ると、客の顔も覚えてはいるらしい。

 と、今度は別方向から黄色い悲鳴が聞こえる。

 どうやら柘榴が真似をしたようだ。あの二人はパフォーマンスこそあまり似ていないが、身体の動かし方がどこか似ている。ああいう所が似ているからかもしれないなとぼんやり考えていると、開演前のアナウンスが流れ始める。

 いつの間にか、一服しに出ていった今日の音響担当が隣に戻ってきて操作していた。ぼんやりしすぎたなと思考を切り替えて卓に座り直す。今日公演を行うチームWはあの雰囲気に反して、立ち位置はしっかりリハ通りに守ってくれるので本番にバタバタ調整する必要もないし、手順通りにオペをすれば問題ない。

 軽く音響と話して最終確認をする。

 

 

 開演時間だ。

 音響スタッフが開演ブザーを鳴らし、BGMに流していた曲を煽っていく。それに合わせ、照明を絞り暗転させていく。視界の端でバーカウンターに四人が入るのも見えた。

 

 今日の公演が幕を開ける。

 

五、或るコンビニ店員の話

 

 客のいない深夜のコンビニ。

 駅からそれなりに近いとはいえ、この時間の来店はさすがに少ない。その隙に煙草を棚に補充していくのはいつものことだった。

 ふと29番の煙草が目に入る。あまり買っていく人の多くない銘柄だが、いつ来ても必ず買う人がいる。背が高く、妙に色気のある低い声の男性だ。そういえばあの客も随分と色んな時間に来るよななどと考えながら、ぼんやりと棚に並ぶ煙草のパッケージに目を走らせる。

 その時、自動ドアの開く音がした。ドアをくぐって入ってきたのはその男性だった。

 今日は煙草だけを買いに来たわけではないようで、ドリンクの棚に向かって歩いていく。少し珍しいと思いつつ、あまり見るのも失礼だろうと視線を外す。あの客の会計が終わったら、またしばらく暇だろうし棚の掃除でもしよう。

 そうこう考えていると足音が徐々に近づいてきた。レジ正面に入ったところで、ブレスレットの付いたごつごつとした手が商品をレジ台に置く。

 

「あと29番ひと箱くれ。」

 

 やっぱり29番を買うよなと思いつつ、棚から一つ煙草を取り出す。

 レジ台に戻り、先ほど置かれた商品を確認すると500mlパックの期間限定ドリンクだった。定期的に新しいものが出て、その度に当たり外れが激しい印象だ。こういった期間限定商品を時折買っていくこの客も、面白がって買っているのだろうか。

 今出ているこれは特に不味かった、と先日果敢に挑戦した同僚が言っていた。見慣れた客とはいえ、こちらが一方的に覚えているだけだろうし、店員が商品をわざわざ「美味しくないですよ」と伝えるのも変な話だ。

 バーコードを読み取って、ストローと一緒にレジ袋に入れる。

 友人らと集まって開けて一口ずつ飲めばすぐになくなるだろうが、この時間に買うのなら一人で飲むのだろうか。それとも今から仕事に行くのか。服装自由の仕事なのか、はたまた何か特殊な仕事をしているのか私服でしか来店しないので何の仕事をしているのかわからないため予想も立てられない。明日仕事場に持っていくつもりで買っているのなら良いが。

 合計金額を伝えると、客がデニムの尻ポケットから財布を取り出す。

 そういえば鞄を持っているところも見たことがない。ますます何をしている人なのだろうか。食品もめったに買っていかないし、住宅街のコンビニ客で生活感がないのも本当に珍しい。朝よく弁当やおにぎりなどの食事を買っていく少し素行の悪そうな青年のように、生活感の出る客が多いのだが。

 そんなことを考えながら、レジ袋を手にぶら下げて出ていく客の背中に「ありがとうございました」と声をかける。その後ろ姿が少し、駐車場にふらりと来る野良猫に似ている気がした。

 

六、或る女の話

 

 特有のけだるさを感じながら目を覚ます。カーテンの隙間から差し込んだ陽の光が思っていたより眩しくて、目を細めながら首をもたげて周囲を見渡した。いつも通り隣には誰も寝ていない。落ち合ったのが遅く、帰るのも面倒だったので自分だけそのままホテルに泊まったのだ。

 昨夜会っていた男は恋人ではないし、互いに踏み込むような関係でもない。時折連絡を取り、ベッドを共にするが共に眠ることはないし、そもそも名前も知らない。客の中にもそういう男は多いが、彼の場合一度会えば忘れにくい容姿をしている上、あからさまに感じることはないが徹底して「不詳」なことが多い。最近ではあまり使われなくなってきたメールアドレスだけが唯一知っている男の情報だった。だがそれもきっと使い捨てのアドレスだろう。

 それでも顔も身体もいいし、乱暴なプレイもしない、暴言も吐かない。初めて知り合ってから、意外と長いこと連絡を取っている。そんな関係性なのに、情事中の言動が存外優しくて、芽生えそうな恋心から目をそらしているのはいつからだったか。きっとこれを表に出せば離れていく。男の事を詳しく知っているわけではないのに、妙な確信を持ってそう感じていた。

 初めはプライベートまで踏み込んでこないその淡白さが好ましいと思っていたのに。二、三か月に一度程の頻度という明らかに少ない回数に、自分が大勢の内の一人なのだと突き付けられるようでじりじりとどこかが痛む。メールアプリで過去の連絡を確認してわざわざそれに気付いてしまった自分が「重い女」になったようで嫌になる。

 寝起きでぼんやりとした頭のせいで、考えたくないことまで思考を巡らせてしまう。これ以上悪い方にいってしまう前に起きようと、ベッドから身体を起こした。

 

 顔を洗い、スマホを見ると友人から連絡が来ていた。最近通い始めた場所があるから一緒に行こうという誘いのようで、おまけにどこかは伏せておきたいのか「行ってみてのお楽しみ」という追伸までついている。気分転換にはいいかもしれないと軽い気持ちで返信した。

 

 それを今、酷く後悔している。

 

 友人に連れられて訪れたのはショーレストランで、今までに来たことはなかった。店の周辺も知らない場所だった。

 煌びやかなエントランスから席に案内してくれたのは緑髪の病弱そうな青年で、詳しい人間がやる方がいいだろうとコース選択を全て友人に任せて案内された席に座る。ドリンクを選ぶと、そのまま同じスタッフが持ってきてくれるようで青年が取りに向かってくれている。

 

「あの子もキャストなんだよね。今日は別のチームの公演だからホールにいるの。」

「え、踊るってこと?」

「いや、ボーカル。MCだからまたちょっと違うんだけど。」

「ふーん。あんな細いのにすごいね。」

「今日の観て、楽しかったら言ってね。あの子のチームの時誘うから。」

「はいはい。」

 

 相変わらず好きなものに関しては一直線な友人を軽く流しつつ、ハマったら誘ってもらおうかなと考える。そうしている間に青年が持ってきてくれたドリンクを受け取った。

 

「はい。どうぞ。フードはまた後で違う奴が持ってくるから。」

「ありがとう!今度の公演観に行くね!」

「そう。楽しんで。」

 受け取ったドリンクでひとまず乾杯し、店のシステムを説明してくれる友人の話を聞く。そして渡されたペンライトを眺めていると、ブーっという音が鳴った。慣れていないので分からなかったが、友人が言うに、もう公演が始まるらしい。今日の公演がどのチームによるものかということしか聞けなかったものの、初心者でも楽しめるとのことだったので観ていれば大丈夫だろう。

 暗くなっていく店内に期待も高まる。連れてきてもらって正解だったかもと思いながら、ステージの方に目を向けて開始を待つ。

 

 客席が静まり返った。

 瞬間、鳴り響く音楽とともに照明がステージを照らした。

 

 そこに立っていた男に、息が止まった。中央より少し左に立っている、その男は。舞台上の別の男が歌う声を聞きながら、目はそちらを追ってしまう。舞台の上で踊る男を間違いなく知っているはずなのに、途轍もなく遠い存在なのだと、やはり自分は何も知らなかったのだと突き付けられている。

 全身から血の気が引いている気がする。それでも、その男の、そしてともにステージに立っている他のキャストのパフォーマンスに惹きつけられて目が離せなかった。

 朝も考えていた、どうにか抑え込んでいたはずの種が完全に芽吹いてしまったとどこか他人事のように感じた。

 

 気付けばショーは終わっていて、それでもしばらく動けなかった。

 横で心配してくれる友人に少し申し訳なかったが、大丈夫だと伝えてひとまず化粧室に避難した。鏡を見ると我ながら酷い顔をしている。

 化粧を直し、どうにかいつも通りに見えるようにして席に戻る。もう帰るかと提案してくれる友人に大丈夫だと押し切って、ショーについての話題を口に乗せる。何だかんだ聡い友人はその話題転換に乗ってくれるらしく、相槌を打ちながら話を聞く。キャストは全員植物か鉱物を基にした名前がついているというので、今日のキャストについて尋ねる。

 そうしてようやく、男の名前を知った。

 

 また誘うねという友人に待ってると返し、帰途につく。

 家に着くまでのことはあまり覚えていなかった。機械的に玄関に鍵を差し込み、部屋に身体を滑り込ませる。雑に靴を脱ぎソファに座ったところで、スマホの連絡先を開いた。

 そうして名前も登録されていないメールアドレスを開き、削除のボタンを無感情に押す。

 手の中で唯一の繋がりが消えた。それでも。

 

 虚しさなのか悲しさなのか、自分でもよく分からない感情を抱えながら、店で友人が話していた言葉が頭をよぎる。

 

「ソテツの実には毒があるんだって。」

 

「確かに、そうかも。」

 

 静かな部屋に自分の声だけが響いていた。

 

【了】

あとがき

 

初めまして。お手に取っていただきありがとうございます。

午睡。です。

勢いに任せて遂に本を作ってしまいました。今後も色々本にできればなと思っているので、お付き合いいただければ嬉しいです。

シンさんやケイ様でもかけたら良いな。

 

2020.03.15. 午睡。

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