目の前でざあざあと振り続ける雨にたまらず舌打ちが出る。煩いくらい勢いよく空から落ちる雨はしばらく止みそうにない。
手には強風で骨の折れた傘が1本、捨てる場所も見当たらず握られたままだ。かろうじてシャッターの降りた店の軒先に避難できたことで頭からずぶ濡れにはなっていないものの、急な雨で避難する場所を間違えたかもしれない。もう少し先に行けばコンビニがあったのに、とタンマツで地図を見ながら思う。もっとも、コンビニで傘を買ったところで跳ね返る雨粒で濡れる様子が想像出来て、この雨の中帰らなかっただろうが。
タンマツを尻ポケットにねじ込み、隊服を叩いて薄らと付いた水滴を払う。ちらりと襟元から見える炎の”徴”の上を水滴が滑り落ちていくのがなんだか不快で、シャツで雑に拭った。
目の前では未だに雨が降り続けている。単独での仕事を終えて戻るところで、取り立てて急ぎの仕事もない。雨の中走って隊舎に戻る必要もなく、果たしてどうしたものかと雨音を聞きながら考える。
代わり映えはしないがタンマツで時間を潰すかとポケットに手を伸ばす。その耳に、雨の中何かが突っ切って走る音がした。妙に聞き覚えのあるその音に反射的に視線を向けると、予想通りの姿があった。

「あ?猿比古、なにしてんだそんなとこで」
「お前こそなんでこの雨の中スケボー乗ってんだよ…」

勢いを増す雨の中、スケボーを器用に軒先近くにとめて話しかけてきた美咲に呆れた声が出たのは仕方の無いことだった。スケボーに片足を乗せて立っているが、頭からつま先までずぶ濡れの服がまとわりつくのもぺったりとくっついた前髪も特に気にした様子がない。

「傘もってねーんだよ。そのまま帰った方が早いだろ?」
「…、馬鹿は風邪ひかないんだったか」
「なんだと!?お前なあ!」
「明日風邪ひいても知らねえぞ」
「そん時は見舞いに来いよ」
「パイナップルでいいか?」
「お、いいじゃん。買ってこいよ」

方や軒先の下、方や雨空の下で会話を続ける。その間も雨は降り続けていたが、1人の時より耳には入ってこなかった。

「猿、お前もう仕事終わりか?」
「急ぎのもんはない」
「っし!じゃあうち来いよ。こっからなら近いしな」
「は?この雨の中、お前、まさか、」

突然かけられた質問に嫌な予感がして思わず1歩足を引いたが、美咲に腕を捕まえられる方が早かった。
ぐんと一気に引かれて軒先から雨空の下へと出る。出た途端に頭から降り注ぐ雨で全身ずぶ濡れになった。だが、それを気にする暇もなく美咲に手を引かれて走り始める。いつの間にスケボーを腕に抱えたのか走り出す美咲は遠慮がなく、こちらはといえば突然引っ張られて上半身だけが前に出てバランスを崩しかけた。
振り返りもせず、腕を引いて走る美咲が楽しそうなのは気の所為ではない。急に引っ張られたことに今更ながら少し腹が立って、走る速度を上げた。そうして肩を並べたところで顔を見れば、視線が合って満足気に笑っている。それに小さく鼻を鳴らし、並んで走り続ける。
髪も服も”徴”も何もかも、全身が雨でずぶ濡れになったことも、もうあまり気にならなかった。

2022-09-08