Dead men tell no tales.

 全身が焼けるように痛みを訴え、雑に頭に引っ掛けられた袋で塞がれた視界では自分の傷の具合すらわからない。手元にはとうの昔にマイクはなく、ナイフもない。あったとして散々嬲られた手では碌に物を掴むことも叶わなかっただろう。

 手足を縛ったテープが、身体が揺れる度に皮膚を引っ張ってさらに痛みを生む。その下には先ほど押し付けられた煙草によって爛れた皮膚が鈍痛を与え続けていた。

 

 その身体を肩に担いだまま、軍服の男がその重みを気にした様子もなく真っ直ぐ歩いている。その前を2人の男が揃わない足取りで進み続けていた。

 重々しい靴と革靴の音が人気のない港に広がって消えてゆく。2種類の紫煙が潮風の匂いを覆い尽くすように立ち昇り、歩く3人の視界を埋めていた。煙の奥でネオンが海面に反射して街の形を写しとっている。

 積み上げられたコンテナの塔を通り抜け、埠頭の端へと歩みを進める。僅かに立った街灯の明かりが死にかけた虫の断末魔のように明滅しながらその歩みを照らしている。

 海の真横まで来たところで、理鶯がコンクリートの上へと担がれた身体を投げ落とした。

 

「この時期、水温はどれくらいでしたっけ?」

「2月下旬から3月の半ばまでの水温は存外低い。例え海水を飲まなくても低体温症にはなるだろう」

「どっちでもいいだろ。ふん縛って投げこみゃそれで終いだ」

「水深7cmでも人は死ぬらしい」

「はっ、随分と都合いいな」

「だが丁度いいだろう」

 

 会話を続ける3人の声を聞きつつ、投げ落とされた男はその衝撃を身じろきすることで誤魔化そうとしていたが剥き出しの腕にコンクリートが擦れてさらに痛みを伝えただけだった。

 夜風にさらされた地面からじわじわと伝わる冷たさが既に痛めつけられた肉体を芯から冷やしていく。

 運び込まれるより前に傷を負った頭からぬるりとした液体が溢れ、その頭皮を這うように滑り、地面に触れている耳元まで流れて袋の中で僅かに溜まっている水音が耳に届く。冷えた身体を這うその温度に否が応でも鳥肌が立つのがわかった。

 

「本当に石を括るだけでいいのか?残ってしまうぞ」

「おー、見せしめだからなァ、ちっとは残ってくれなきゃ困る。カタギの方は銃兎がなんとかすんだろ」

「…ここに一般人は近寄らねえし、管轄には顔が利くからな。左馬刻、前回の分はこれでチャラだぞ」

「まだ釣りが出るだろ」

「あ?何回お前の尻拭いやってやってると思ってんだ」

「ア?」

「2人とも、そこまでだ。戯れ合いは構わないが終わらせてからにしないと日が昇るぞ」

「、っっっチ!…、んじゃ理鶯、頼むわ」

「ウン。もう折れているから、沈めるのは早い」

 

 既に感覚のない足首に何かが括り付けられているのを微かに聞こえる音が物語っている。

 男の足元にしゃがみ込んだ理鶯が手早く肩にかけていたロープで、野晒しにされたままだったブロックを数個軽々と扱ってロープで括っていた。僅かに高い位置から地面に転がされたそれは通常より明らかに重々しい音を立て、中に重しが入っているのが知れた。

 手早く足首につけられたそれに触れるでもなく、左馬刻が屈み込み、突如男の頭を掴んで袋を取り去った。そのまま髪を掴んで持ち上げる。

 

「いくら馬鹿でももう状況は分かってんだろ。これ以上なんか吐くことあっか?」

「…左馬刻、先程殴った時に恐らく顎が外れているぞ」

「あー?じゃあいいか、もう聞く事もねえしな」

「さっさと終わらせて戻るぞ。寒ぃんだよここ」

「銃兎ォ、ちったァ我慢しろや」

「2人とも、」

「わーったよ。…んじゃ、てめーはここで沈んでもらうが、まあそのうち連れの奴にでも会えるだろうぜ。明日お前の組は壊滅するからなァ」

 

 月夜の下で街灯の僅かな明かりしかない中でも、浮かび上がるようにギラついた赤い瞳が男を覗き込んで話し続ける。

 男の口からは言語のなさない悲鳴が小さく漏れる。聞こえているはずのそれを気に留めた様子もなく、掴んでいた髪を無造作に放して立ち上がった。コンクリートの上に転がった砂利が靴の下で音を立てる。

 

「会えりゃ溺死の感想でも教えてくれや、どうせ俺もてめーも地獄行きだろ。じゃァな」

 

 男の腹を靴先がめり込むように蹴り飛ばし、抵抗する術のないその身体が宙を浮いて海面へと飛んでゆく。その動きに合わせて理鶯がブロックを放り込んだ。

 大きな水音を立て、映り込んだ夜景は波紋を作って揺れ動く。抵抗するように水面の下から波が生まれ、必死に酸素を取り込もうと足掻く泡が浮上して波間に押されて消えてゆく。

 それを静かに見つめる3対の瞳を遠くネオンの明かりが僅かに照らしていた。