レッスン室から漏れ聞こえる音楽が耳に入る。音ズレも揺れもないそれはTresuredの音源で、ボーカルは自分の声だった。

 公演として残った公演として残ったのは片方とは言え2種類あるそれを、公演時期も終わった今になって聞いているのは誰なのか。時折聞こえる靴の擦れる音でどうやら振りを流しているのだとわかった。

 銀星かはたまたカスミあたりが振りを入れているのか、そう考えながらわずかに開いたままのドアの隙間から覗き込んだ先で、壁一面を覆う鏡越しに橙の瞳と視線が絡んだ。絡んだ瞬間に笑みを浮かべつつも踊りを止めることなく、流れるように身体を動かすソテツの顎から汗が一滴飛んで床に落ちた。

 なんとなくドアをくぐってレッスン室に入り、鏡越しにその動きを見つめる。大胆で荒々しく、それでいて一つの流れを作り出すその動きはソテツのパフォーマンスの特徴だった。曲が佳境を迎え、処刑を命ずるパフォーマンスに入ればその特徴はさらに色を増した。そうして曲の終焉に合わせ、パタリと動きが止まる。

 シャツの裾を雑に掴み、腹筋が見えるのも特に気にした様子もなくそれで汗を拭く。額から顎へ、そうして首へと落ちていく汗を拭ってはいるもののそこまで気にした様子もなかった。ざっくりと拭いた後、今度は鏡越しではないその瞳を視線が絡む。

「よう、なんか用か」

「久しぶりに音が聞こえたのでな。 まさか貴様とは思わなかったが」

「公演期間も終わってるのにってか」

「そうだな。ショーダウンから自主練習に目覚めでもしたか?」

「さてね、まァなんとなくさ。特に深い理由もない。そういう気分だっただけだ」

「なんとなくでそれを選ぶのか」

「んー、まあちっと特殊だったしな。これはこれで面白かったが」

「貴様が面白がっていたのは公演だけではないだろう」

「はははっ!そうだな。それも込みで『面白かった』な。ケイと対の公演ってのも。ま、俺以外あの時は適任がいなかったのがでかいが」

「…、そうだな。あの時はあれが最善であっただろう」

「なぁ、ちょっと付き合えよ」

「…センターの動きか?」

「ああ。マンリーコ版とルーナ伯爵版それぞれのセンターの動きを一緒にってのはなかったろ」

「ふむ、まあいいだろう。センターしかいないが」

「普通のショーじゃあり得んな。面白そうだ」

「音源はどうする」

「両方流せばいい」

 会話を切り上げ、そのまま広いレッスン室で向かい合って立つ。正面から視線が絡み、その奥の鏡には互いの背が映っている。

 いくつか操作して、スマホを端に置いたソテツの動きが終わるなり前奏が流れ始める。一つ視線が絡み、不意に意識が役へと傾いた。

 瞬きの後、向かい合って立っているのはマンリーコとルーナ伯爵。一人をかけ、処刑を命じられる側・命じる側。決して対等になり得ない2人だった。

 

 その2人が一つの空間で同時に、動き始める。その空間には確かに2人しかいなかった。

2022-09-09