思考

 五条悟は思考する。

 考える時間だけはあった。獄門彊の中にいる以上、周囲にいる骸の相手をする以外にできることは少ない。ましてこの程度の相手に不足を取るほど弱くもない。

 だから思考を巡らせた。ここに入る直前まで見ていた顔の男のことを。当然、中に入った脳味噌ではない。その身体の方、共に「春」を過ごした夏油傑のことを考えた。

 去年最後に交わした言葉も、この手で殺したその熱もはっきりと覚えている。外見に似合わずやや下手くそなその笑顔の作り方も。

 あの日硝子にその片腕のない遺体を託さなかったことをきっと改めて言われるだろうが、それでも後悔はしていなかった。けれど、眠ったまま身体をいいように使われている傑のことは少しだけムカつくのでここを出たらまずあの顔を殴ろうと決めた。それにきっと硝子はなんだかんだ僕を、俺を責めはしない。小言ぐらいは言われるかも知れないが、それは勝手に決めたことに文句を言うだけだろう。

 傑は、きっと何も言わない。傑の遺体を俺が、俺の遺体を硝子が、そう考えていることに小さく微妙な顔をして笑うだけだろう。

 

 そこまで考えたところでふと「猫又」の話を思い出した。いつだったか日も落ちた寮の共有スペースで話していたその言葉を。

 

「猫又って知ってるかい」

「猫又ぁ?なに急に」

「妖怪だっけ。なに?似たような呪霊でもいたの」

「いいや?昔読んだ漫画にいたな、と思って。

 飼い主を殺して、成り代わる話もあるそうだよ」

「え、きも…、」

「解体したら中身猫なの、それ?」

「いやそれもキモい」

 

 中身のことを考えて、けれど自分の首を掴んだあの動きは確かに傑だった。今度こそ硝子が解体するだろうが、ならば今度はそれを見届けなければと思ったところでふと傑の飲み込んでいた呪霊の味を一度も聞いたことがなかったなとぼんやりと思う。傑の魂が果たしてどこにあるかは分からないが言葉を交わせたら聞いて見るのもいいかもしれない。

 

 そうやって思考を巡らせながら、周囲の骸を一掃した五条悟はその目隠しの下で瞬きをした。

 

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 家入硝子は思考する。

 もたれかかった柵に肘をつき、そのまま体重を乗せて煙草を咥えたまま大きく息を吸った。肺に広がる紫煙と鼻に抜けていくその香りを少し久しぶりに感じて視線を落とした。

 久々に感じたその香りに新宿の喫煙所を嫌でも思い出す。自分はそんなノスタルジックにはできていないと思っていたが、この状況では嫌でも考える。

 なんでもない顔で隣に立った真っ黒の夏油の横顔を思い出し、かけた電話の先で怒っていた五条の声を思い出した。

 その後、夏油を確かに殺したと語る五条の言葉まで思い出し、報告を受けた「夏油傑らしき男」のことを考える。それと同時にいつだったかに話していた「猫又」の話を。

 

「だから私に処理させればよかったんだ」

 

 中に一体なにが入っているのか。今度は確かに自分の手で確かめると決めた。

 

 そうこぼした家入硝子は視線を遠くへと飛ばし、また紫煙を大きく吸い込んだ。