炎の先

曲が終わり、照明が消える。暗闇の中、舞台袖へとはけていく足音が1つ、そしてそれに合わせるようにもう1つ、袖の幕の傍で止まった。残る3つの足音は気にした様子もなく立ち止まった男の横を通り抜けて、袖から廊下へと続くドアをくぐっていく。
黒い幕の傍で立ち止まった黒曜は目を伏せ、薄く開いた口から息を吐き出した。その吐息はショーが終わったばかりの身体にたまった熱を含んでいる。
頬を伝って首筋を落ちていく汗を、その身に纏った一周年衣装のシャツの襟元を掴んで雑に拭う。頬まで拭ったところで離され、重力に従って落ちていくシャツの奥から覗いた瞳はぎらつき、つい先ほどまで纏っていた『大石』の意識が剥がれ『黒曜』へと戻っていく段階にあるのが知れた。
傍に立つシンを視界に捉えると同時にその赤い瞳の奥、その色故に分かりやすい瞳孔がやや開き、全身から肌を刺すような殺気さえ立ち上っている。瞳に映っているのは確かにシンであって『吉良』ではない。だが、黒曜が纏ったままの『大石』の意識が否が応にも反応し、視界に捉えた『吉良』を見る。その殺気を正面から浴びたシンは、無言のまま黒曜の顎を掴んだ。それに呼応して膨れ上がった殺気が、次の瞬間音もなく霧散した。
「黒曜」
「、…ああ」
「…暗闇の中燃える炎の先に揺らめく陽炎はただそこに見えるだけだ。肌を焦がす熱にでも当てられたか」
「…、悪い」
「構わない。お前がお前である限り、その炎の先にあるものはお前自身のものだ。だが、その瞳に映るものは俺であって『吉良』ではない」
「はっ、意味わかんねぇよ。…、あ?もしかしてそれ妬いてんのか?」
「さあな」
静かに語り終え、小さく笑みを浮かべたシンは顎を掴んだその手でそのまま黒曜の顔を傾け、少し屈んでその唇に口づけを落とした。ショーを終えてすぐのためかシンの体温も高く、触れた唇から移り合う互いの体温はどこか情事のそれに似ていた。
触れ合うだけの口づけを終え、身体を離していくシンの首に、負荷がかかる。黒曜がそのネクタイを掴み、引き寄せていた。起こしかけたシンの身体が再び曲がり、今度は互いの呼吸を呑み込むような深い口づけが交わされる。
唇が離れたその時、黒曜の赤い瞳に映っているのは確かにシンだけだった。

2022-09-09